ブログなんかに手を出さなけりゃ味わうこともなかったであろうネガティブな感情の第一位は、失望感である。
よく言われるように、ブログを書くという行為も一種の被承認欲に支えられている。2日くらいかけて気合いを入れて書いた長文記事にほとんど反応がなくてガッカリ‥‥ということは、ブログを書いている人なら1回くらいは味わったことがあるだろう。私は数えきれないほどある。
出先でもスマホでしょっちゅう自分のエントリーページを見て、相変わらず「しーん」とした状態だと軽く落ち込んだり。厭世的な気分にさえなったり。ポチッとスターがついていたり、1ブクマあったりすると、急に気分が上向きになったり。何を一喜一憂しているのか。いい年して情けない。
「おまえの書いているものは、おまえが思っているほどみんなには面白くないんだよ」という事実をまざまざと突きつけられる時、人はどうするか。「よし、みんなに面白い!と言われるものを頑張って書こう」となるだろうか。
しかし「自分の感じる面白さ」と「みんなの感じる面白さ」が一致していない状態で、自分の面白感覚よりどこにいるかわからない他人の面白感覚(そう推定されるもの)を優先して頑張って書いた結果、また「しーん」だったらどうするのか。失望感が深まるばかりか、自己嫌悪に陥るだろう。
かといって、「ふん、この面白さがわからんのか。見損なったわボンクラどもめ」となったら負けだ。読み手への失望を前提として書くほど虚しいことはない。
中年を過ぎて思い知らされたこと。それは、自分が自分で思っている以上に、大人げなく承認に飢えており無知で単純で気弱で傲慢であるということだった。それもこれも、ブログなんかに手を出さなければ、気付かないで(そして会ったこともない他人に気付かれないで)済んだかもしれないのだ。今さら遅いけど。
